私、私、疑われてるの? 信用されてないの?
不安から生まれた不信感。もはや、並んで歩くことすら恐ろしい。
「別れて欲しいの」
内気な里奈が、こうまでハッキリと自分の意思を口にするのは、実に珍しい事だ。
それほどまでに、追い込まれていた。
「だってコウくん」
そこで里奈は言い直す。
「だって蔦くん、私を疑うんだもん」
「疑ってなんかいないよ」
「じゃあなんであの時、この子は万引きなんかしてませんって、言ってくれなかったの?」
里奈の言葉に、蔦康煕は絶句した。
「俺は―――― 護れなかった」
騒がしいファミレスの片隅で、蔦が吐露した胸の内。苦しそうな声が、美鶴の脳裏で重く響く。
だが、三人の居る部屋は窓もなく、明るくはない。
里奈は、そして澤村優輝も、美鶴の様子には気付かない。
優輝などは里奈の話を、まるで子守唄でも聞くかように、瞳を閉じて楽しんでいる。
「思い出すね」
少し仰向く。茶色い髪が、不器用に背中で揺れた。
艶もなく、生気も感じられない、まるで無機質な乾いた髪。パサついた毛先が異常に茶色い。
「あの後、どんな顔して俺に泣きついてきたっけ? コイツに話してあげなきゃね」
そう言って薄っすらと瞳を開け、チョイっと人差し指で美鶴を差す。同時に里奈は息を呑む。
その表情に、優輝は声をあげて笑った。
「言っただろう? すべては里奈が招いたんだ」
「あんなのっ 卑怯よっ!」
「卑怯?」
激しい抗議に動じるでもなく、逆におもしろいとばかりに頭を振る。
「甘い言葉に引き込まれたのは、里奈の方だろう?」
「甘い言葉?」
問いかける美鶴を見下ろし
「あの時の彼女には、支えが必要だった。そして俺は、支えてやったのさ」
「どうしたの? 最近、元気ないみたいだけど」
優輝の言葉は優しかった。
美鶴に相談もできない事を、どうして他の誰かに相談できよう。
そんなふうに最初は軽く流していた里奈も、執拗な態度に心が揺れた。
「悩み事なら聞くよ」
ただでさえ心弱い里奈。万引きのコトも、蔦康煕と別れたコトも、誰かに聞いてもらいたかった。
だが、美鶴には頼れない。
「イジめられて卑屈になってさ、助けてくれない周り責めて自分だけいい子ぶって……」
私もそうなのかな?
そう思うと、言えなかった。自分もまた、そのくまちゃんとかいう男子みたいに、美鶴に罵倒されそうな気がした。
「里奈はそのままでいいんだよ」
優しく言ってはくれるけれど、やっぱり私、美鶴から見たら情けない人間だよね。いつまでも頼ってたら、そのうち怒られちゃうかも。嫌われちゃうかも。
美鶴に責められたら、里奈は耐えられない。美鶴に突き放されたら、里奈はきっと気が狂ってしまう。
里奈にとって、一番は美鶴。
「迷惑かもしれないけど」
一重の黒い瞳が心配そうに、だが優しく甘く自分を見つめる。
「辛いことは、誰かに話した方がいい。俺じゃ役には立たないかもしれないけど、一人で抱え込むよりはいい。何か解決方法が見つかるかもしれない。大丈夫。俺は君を、責めたりなんかしないよ」
「可愛かったよ」
本当に愛おしそうに、優輝は呟く。
「半泣きで俺に頼ってきた里奈。本当に可愛かった」
そんな優輝に里奈は叫ぶ。
「サイテーよっ!」
「サイテー? 何が?」
「何が? あれは脅しよっ!」
「脅し?」
「そうでしょ? 私が全部話した途端、あなたこう言ったわ。万引きのこと、みんなにバラすって」
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